岡田鴨神社について

木津川市加茂町は文化財が多い地域であり、その中でも「岡田鴨神社」は加茂の名の語源とされる古社である。

創祀は第10代天皇の崇神天皇すじんてんのうの時代(紀元前90年代)と伝わり、京都下鴨神社の元宮であり、延喜式内社の古社に列せられている。

御祭神は賀茂建角身命かもたけつぬみのみこと八咫烏やたがらすが化身、神武天皇東征の道案内をした神として知られている。

『山城国風土記』などにその由来が記されおり、賀茂社や賀茂族の起源とも深く関わっている。

当初は、木津川の南岸に鎮座していたが、洪水被害の影響により江戸時代に天満宮(現在の摂社天満宮)の境内へ遷された。天満宮は第43代元明天皇が行幸啓された岡田離宮の跡地を郷民が保存するために建てられたと伝わり、現在は菅原道真を祀られるようになった。

境内には、神仏習合の影響により、現光寺げんこうじの末寺として安楽寺あんらくじが勧請され、御堂や護摩堂として使われた建物跡が現在も残っている。

岡田鴨神社は加茂町の歴史・地名・文化の源流を示す重要な神社である。

御祭神

岡田鴨神社:賀茂建角身命かもたけつぬみのみこと

賀茂建角身命は、日本神話に登場する重要な神であり、初代が神武東征の際、先導をし、勝利に導き、日本の建国に尽力した八咫烏が化身。

京都の下鴨神社の主祭神と同一神で賀茂氏の始祖神とされ、玉依媛命たまよひめのみことの父神、賀茂別雷大神(京都の上賀茂神社の御祭神)の祖父神である。

天満宮:菅原道真公すがわらのみちざねこう

菅原道真公は、承和12年(845)6月25日に京都で御生誕。

5歳の時に和歌をえいじ、33歳で文章博士もんじょうはかせ、42歳の時に讃岐守として四国に赴任し尽力した、平安時代の政治家であり、優れた学者である。

第59代宇多天皇うだてんのうや第60代醍醐天皇だいごてんのうの信任厚く、55歳の時に右大臣兼右近衛大将に任じられ、57歳の時に従二位にじょせられた。

政敵の藤原時平ふじわらのときひら讒言ざんげんにより、太宰府に左遷され、59歳の時、延喜3年(903)6月25日に薨去こうきょされた。

金刀比羅神社:大物主命おおものぬしのみこと

大物主命は、奈良の大神神社の御祭神大物主神おおものぬしのかみおよび香川県の金刀比羅神社の御祭神大物主神と同一神であり、大国主神おおくにぬしのかみ和魂にぎみたま

天照大御神あまてらすおおみかみの弟神である建速素盞嗚命たけはやすさのをのみことの御子神である。

古事記では、大国主神とともに国造りをしていた少名毘古那神すくなひこなのかみが常世の国に去り、大国主神が思い悩んでいたところ、

海から大物主命が現れて「我を青垣の東の山(三輪山)に奉れば国造りは上手く行く」と助言した為、大国主神は大物主命をお祀りする事で国造りを終えたとされている。

三十八社神:鹿嶋神御子三十八神かしましんのみこさんじゅうはっしん

鹿嶋神かしまのかみとは、茨城の鹿島神宮に祀られている武甕槌大神たけみかづちのおおかみでその御子神は天児屋根命あめのこやねのみこと天足別命あまたりわけのみことなど)である。

天児屋根命は言霊の神、武甕槌大神・経津主大神ふつぬしのおおかみ比売神ひめがみを総称して春日神かすがのかみと称し、藤原氏の氏神として祀られている。

八幡宮:應神天皇おうじんてんのう

第14代仲哀天皇ちゅうあいてんのうの第四皇子で母は神功皇后じんぐうこうごう、第15代応神天皇おうじんてんのうの神格化された姿が誉田別尊ほんだわけのみことである。
神功皇后の三韓征伐の折には既に胎内にあり、胎中天皇たいちゅうてんのうとも称された。

現在、宇佐八幡宮をはじめ全国の八幡宮で祀られており、当社は境内に遙拝所を設けており、境内外の末社として八幡池の畔で祀られている。

御神徳

神社名御神徳
岡田鴨神社導きの神、交通・旅行・操業安全、殖産興業、身体健全、開運招福、方位除け
天満宮学業成就、出世開運、技芸上達、子宝・安産
金刀比羅神社商売繁盛、諸願成就、病気平癒、厄病除け、縁結び
三十八社神武運長久
八幡宮家内安全、家運隆昌、厄除、子孫繁栄、国家鎮護

由緒

本社は「延喜式」神名帳で大社に列せられた古社であり『日本三代実録』によると第56代清和天皇貞観元年じょうがんがんねん(859)正月二十七日、従五位上の神階を授けられている。

明治六年(1873)、郷社に列せられた。

御祭神の賀茂建角身命かもたけつぬみのみことは、『釈日本紀』収載の「山城風土記」逸文によると、日向の高千穂の峰に天降られた神で、初代神武天皇東遷の際、熊野から大和への難路を先導した八咫烏やたがらすがすなわち賀茂建角身命の化身であり、大和平定に当たり数々の偉勲をたてられた。

大和平定後、賀茂建角身命は葛城の峰にとどまり、ついで山城国岡田の賀茂に移られ、その際に賀茂建角身命を賀茂氏族の祖神として創祀されたのが本社である。第10代崇神天皇すじんてんのうの御世と伝える。

そののち、賀茂建角身命は木津川を下り洛北の賀茂御祖神社かもみおやじんじゃ(下鴨神社)に鎮まられた。

現社地は、第43代元明天皇げんめいてんのうの和銅・天平時代(708〜794)における岡田離宮の旧跡を保存するために創祀された天満宮の境内と伝えられる。

木津川(古名 鴨川)の元は岡田山(現流岡山ながれおかやま)の北側を流れていたが、後に南側を流れるように変化して水害が頻繁になった為、岡田鴨神社を旧社地より天満宮境内に遷されたと伝える。

社殿

岡田鴨神社 本殿 一間社春日造 檜皮葺 京都府指定文化財

文化5年(1808)に奈良・春日大社より移築、天明6年(1786)の第一殿

※春日大社本殿(国宝)、文久3年(1863)の造営

②岡田鴨神社 天満宮(摂社) 本殿 檜皮葺 京都府指定文化財

弘化元年(1844)に奈良・春日大社より移築、文政9年(1826)の第一殿

③金刀比羅神社 本殿 銅板葺 京都府指定文化財

金刀比羅神社 本殿 銅板葺 京都府指定文化財

造営年代不明

※平成25年正遷宮造替時に社殿板扉の下の板壁に使用されている板に「なら東大寺」と揮毫された板を発見

④三十八社神 本殿 銅板葺 京都府指定文化財附指定

造営年代不明

祭典

日時祭典
1月1日歳旦祭
1月15日古神礼焚上式(とんど」)
2月3日節分祭
2月11日祈年祭
4月3日例祭
7月25日夏越祭(天満宮例祭)
11月23日新嘗祭
毎月1日、25日月次祭
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